たまごや日記

日記だから文章はてきとう。過去の私と今の私の間には別人になるようなエピソードが挟まっているかもしれません。

フラれ男と恋愛と

恋愛なんて、世の中の常識どころか、自分の常識も、相手だけでなく自分にも通用しなくなるような異常事態の連続だ。
二人の好い関係が築かれるまでは特に。


今日変な夢を見た。
テーマが、出産、結婚、家族、といった感じだったので、連想ゲームで自分の周りにいたフラれ男たちのことを思い出した。


彼らは皆、彼女をほったらかしてふられた。


理由は受験が終わるまで会わないとか、実験が大変だから会わないとか、そんなのばっかり。
「忙しいからしばらく会わない」ということだ。
つまり、自分の都合で相手をほったらかしてふられた。
んで、しょげていた。


確かに彼らは偉かった。
はたで見ていても、よくやるなあ、すごいなあと言うほど一生懸命集中してすべきことに取り組み、「彼女をほったらかす」という、ある意味自分にも我慢のいることにしっかりと耐えていた。
当然、「自分が悪者にならずに関係を終わらせるための嘘」なんかではなかった。


でもね。
あんたたち、「ちょっと休憩」はじゅうぶんしてたじゃん。
トイレにはきちんと行ってたじゃん。
喫煙者はいなかったけど、きっと吸ってたら「ちょっと一服」もしたと思うよ。
だいたい、私を含む友達たちと、毎日それなりにだべってる時間あったじゃん。
それよりも、某君、あんた、昔サークル活動で忙しい彼女がかまってくれないってふったじゃん!!


当事はまだ誰でも携帯電話を持っているような時代ではなかった。
現在と比べると、それは、彼らにとってはアンラッキーだったろう。


そんな忙しい時にかまえって言うわがままな人はいらん、と思うならそれでいい。
ただ、そんなことは誰も言っていなかった。
逆に、そんな自分にばっかりかまっている人なんていらん、とふられてしょげていた。
そして、あまりにも完全にほったらかしすぎたかなあと振り返っていた。


そりゃそうでしょ、それはあんただけの都合だもの。


結局、恋愛なんてそんなもの。
自分が大切にしていること、大切にしたい人、どこにどれだけパワーをかけるかは好きにすればいい。
誰に文句を言われる筋合いも無い。
ただ、相手だって同じた。


恋愛関係を、友達づきあいや近所づきあいや仕事づきあいと同じに考えるほうが間違っている。
なにしろ、異常状態なんだから(笑)


例えば、時間にうるさい人といつも遅れる人のカップル。
世の中の(特に日本の)常識では、遅れるほうはかなり「悪」だとみなされる。
しかも毎回毎回そうなる。
そこで、
A:何度こんなことがあってもなおらないなんて許せない。こんな人はいらない。
B:この人はこういう人だからしょうがない。いつも○分遅れるつもりでいよう。
の、どちらを選ぶのも自由。
A:いつも遅れて申し訳ない。だから他で埋め合わせしなくちゃ。
B:いつも遅れて申し訳ない。そんな自分を受け入れてくれる人にしよう。
の、どちらを選ぶのも自由。
恋愛こそ、一方が我慢し続けていると必ず壊れてしまうものだ。


今なら、彼らがふられないようにするためには、毎日なんでもいいからメール送っとけ、という。
朝起きてぼーっとし終わったらまず、トイレに行った後、家に帰る直前、ちょっと休憩の終わり、食事をする直前か直後。
何か、行動の切り替えの時に。
必ず「毎日」。
内容は何でもいい。
それが困るというんなら、今日食べたもんでも書いておけばいい。
相手が書きたければ、美味しそうだねとか、栄養に気をつけてとか、今度食べに行こうとか、勝手に話を膨らませて返信してくれる。
毎回返信があっても、そう、お疲れ、とか、おやすみ、だけなら、少し頻度を落としてもいいだろう。
逆に、相手の返信が毎回無ければ、それより少し少ない頻度で連絡しておけばいい。
何かネタがあればもちろんその日はそれをメールする。
別に毎日ネタ探しをしなくてもいい。
外に出て人とかかわっていれば、ネタくらい転がっている。
面白く無くてもいい。
嫌悪感を抱かないものであればなんでもいい。
雨が降ったけど傘が無くてぬれたとか、珍しい車を3台も見たとか、そっくりな親子を見てすごいなーと思ったとか、久しぶりに欲しい本を買ってうれしいとか、参考書が高かったからつらいとか。


恋愛関係が落ち着くタイミングは、その人によるだろう。
そして、不安定なころに振り回されていたことが、落ち着いてから続くとは限らない。
逆に、安定した後でこんな人だったのか?と疑問に思うことも出てくる。
だから、落ち着くまでは世間の常識や自分のポリシーは、そのまんま押し付けるもんではない。
それらに比べて大切な相手かどうかを自分に問うてみる。
そして、失いたくないと思えば、少しくらいの妥協は当然必要になる。
その妥協は、もしかしたら自分自身を苦しめるだろう。
それでも失いたくない相手なのか、それなら遠慮したい相手なのか、それは自分が決めていいのだ。
現に、DV男と別れていない人なんかいっぱいいる。
a:殴られている人を大切に思う人(友達、親など)は、そんなやつとは別れろと何度も説得しているだろう。
b:別れたほうがいいと思いつつ、何も言えない(言わない)人なんか、もっとたくさんいるだろう。
aの人たちは、自分が嫌われてもいいから相手を救おうとしているんだろうし、bの人たちは、余計な波風立てたくなかったり、状況を完全に把握していないから遠慮しようと思ったりして口をつぐんでいるのだろう。
三者の説得も義務ではないし、それを聞き入れるかどうかは当人が決めることだ。
全部その人の自由。


だから、恋愛関係にはマニュアルは無い。
人によってそれぞれ。
自分はどうしたいか?
相手はどうして欲しがっているか?
その兼ね合い、すりあわせ。


うまくいかないときに考えてみることは、その原因と相手と、自分はどちらをどの程度大切にしたいのか?ということだ。
そして、恋愛と結婚は全く別物である、ということを忘れないこと。
(結婚にはその後の日常生活すべてが付随してくる。)


恋愛は異常事態。自分の好きにすればいい。相手も同じこと。結婚とは別物。
ただね、恋愛なんて、アタマで考て始まるもんでもないのがつらいところ(笑)
だから、悩むまで、困るまで、絶対にアタマ使わなきゃいけないわけでもない。
そして、困りそうになったらしっかり考えよう。
遅いかもしれないけれど、それはしょうがない。経験不足なんだ。
ガンバレ。恋愛したい人、恋愛関係を続けたい人。